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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)11758号 判決

主文

一  被告は原告に対し、一四九万九七五〇円及び内一三五万九七五〇円に対する平成二年三月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  被告は原告に対し、二一三万二五〇〇円及び内一九四万二五〇〇円に対する平成二年三月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

第二  事案の概要

本件は、一般投資者である原告が、証券会社である被告からいわゆるワラントを購入したが、その際の被告従業員の勧誘行為について、使用者責任または被告自身の不法行為責任、予備的に債務不履行責任に基づき、被告に対し損害賠償を求めるものである。

一  争いのない事実等

1 当事者

原告は、証券取引法制上、一般投資者と呼称される者であり、被告は、証券取引法に基づく大蔵大臣の免許を得て有価証券の売買を営む証券会社である。なお、原告との取引の扱店は被告阿倍野支店である。

2 ワラント

ワラントとは、昭和五六年の商法改正により認められた新株引受権付社債(ワラント債)から社債部分を切り離したものであり、新株引受権のみを表章した有価証券である。そこで、ワラント一般の証券としての特質を要約すれば、予め定められた権利行使期間内に、予め定められた権利行使価格を別途払い込んで、予め定められた一定株数の新株を購入できる権利を有する証券ということができる。また、ワラント債には、国内で発行される円建てのものと、海外で外貨建てにて発行されるものとがあるが、現在、海外で発行されている日本企業のワラント債としては、ヨーロッパ市場で発行されるユーロ・ドル建てのものが多数を占めている。

ワラントについては、昭和六〇年一〇月までは、ワラント債から分離して販売することが禁止されていたが、その後、ワラント単独での売買が認められるに至った。

ワラントの売買に関しては、その価格は株価に連動するが、その変動率は株式に比して大きくなる傾向があること、ワラントを買い付けたのち発行会社の株価が権利行使価格を上回らないときには、新株引受権を行使して利益を得る機会が失われること、権利行使期間を経過すれば、ワラントは無価値となること、外貨建てワラントには為替変動リスクがある等の特質が指摘される。

外貨建てワラントは、わが国においては上場されておらず、市場外で、店頭取引、相対取引として売買される。

3 取引

(一) 原告は、かねてから、その父甲野松太郎(以下、単に「松太郎」という。)を代理人として、被告と現物株式取引等を行なって来たところ、松太郎は、平成二年三月二三日、被告の従業員高橋秀幸(以下、単に「高橋」という。)から、ワラント売買の勧誘を受け、原告の代理人として、被告(阿倍野支店)から、マルベニ、九三ワラント(以下、「本件ワラント」という。)二〇ワラント分を、一九四万二五〇〇円で買い付けた。

(二) 本件ワラントの権利行使期限は平成五年七月一二日であったところ、その権利が行使されないまま同日を経過し、本件ワラントは無価値となった。

二  原告の主張

1 被告の使用者責任

高橋は被告の業務として次のとおり違法な行為を行なったものである。

(一) 積極的な勧誘行為

ワラント取引は、非常に投機性が高く、危険性を伴うので、一般投資者に向けて積極的に購入を勧誘することは相応しくない証券であり、一般投資者への販売に当たっては、自発的に証券会社の店頭に赴いて、ワラントの特徴と危険性を熟知して購入を申し出る者に限られるべきで、自発的に購入を申し出た者以外には販売すべきでないにもかかわらず、高橋は、原告代理人松太郎が自発的に購入を申し出たことがないのに、積極的に勧誘し、販売したものであって、その勧誘行為は違法である。

(二) 適合性の原則違反

ワラント取引の特徴と危険性からみると、一般投資者はワラント取引について適合性がなく、まして、株式の現物取引といった比較的安全な取引経験しかなく、しかも、取引を松太郎に任せており、その松太郎は、取引当時七二歳の高齢であったのであるから、原告には適合性があるといえないのに、高橋は、適合性の原則に違反して、原告に本件ワラントの売買を勧誘したものであって、その勧誘行為は違法である。

(三) 説明義務違反

仮に、一般投資者に対して、ワラントの購入を勧誘することが許されるとしても、勧誘に際しては、ワラント取引の特徴と危険性を説明して、その十分な理解を得ることが不可欠であり、そのことは証券会社の最低限の注意義務であるところ、本件ワラントの売買に当たっては、松太郎が七二歳という高齢であったのであるから、直接面談の上、説明すべきであったのに、高橋は、電話で「株より利益が上がる」と述べただけで、ワラント取引の特徴や危険性については全く説明せず、松太郎にワラントを危険性のない証券と誤解させ、本件ワラントを購入させたのであって、その勧誘行為は違法である。

(四) 虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示(旧証券取引法五〇条一項五号違反)

高橋は、ワラントが極めてハイリスクの投資商品で、権利行使期間中に株価が権利行使価格を上回らない場合には、実質的に紙屑になる可能性があることを原告に告げなかった上、本件ワラントの権利行使期限が平成五年七月一二日に到来する点についてもこれを秘し、単に「株より利益が上がる。」と述べたにすぎないが、これは明らかに虚偽の事実を述べたものである。これは、旧証券取引法五〇条一項五号違反であるとともに、同条による旧省令一条一号違反であり、その違反行為は民法上も違法である。なお、右法条にいう虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示は、積極的な表現のみならず、投資判断に重要な影響を及ぼすような事項について必要な表示を欠く不作為も含まれる。その結果、松太郎にワラントを危険性のない証券と誤解させ、本件ワラントを購入させたのであって、その勧誘行為は違法である。

(五) 詐欺行為

高橋が、ワラントの危険性を隠して必要な説明をせず、原告代理人松太郎に、本件ワラントがあたかも比較的安全な証券のように誤信させて本件ワラントを購入させたことは、詐欺にあたり、不法行為となる。

(六) 損害発生を放置した違法

高橋は、原告及び松太郎が、本件ワラントの価格情報や値動きを判断できるだけの情報を独自に取得できるだけの知識や能力を持たないことを知りながら、適時の価格情報等の提供を怠り、本件ワラントの具体的な価格を一度たりとも報せることなく、松太郎に売却のタイミングを失わせたものであって、右情報提供を怠ったことは不法行為となる。

2 被告の不法行為

被告は、前記のように危険性の高いワラントについて、高橋を含むその従業員に対し、その危険性を顧客に周知させるように指導せず、むしろワラントを有利なものとして積極的に顧客に売り捌くように指導していたもので、これにしたがって、高橋が原告に本件ワラントを販売したものであるから、これは原告に対する会社ぐるみの不法行為(民法七〇九条)にあたる。

3 予備的に、被告の債務不履行責任

被告は、証券会社による証券取引として、原告に対し、本件ワラントを売り渡したものであるが、その際、原告に対して、本件ワラントの内容や仕組み等につき、証券会社として信義則上正しい説明をすべき注意義務があるのに、前述のように虚偽の説明をして、原告に本件ワラントを購入させたもので、これは証券取引上の債務不履行に当たる。

4 損害

(一) 売買損

原告は本件ワラント二〇ワラント分を一九四万二五〇〇円で購入したのであるが、高橋は、売りどきを判断するための情報提供として、本件ワラントの具体的な価格を一度たりとも報せることなく、平成四年夏ころ、松太郎方を訪れた際にも、売り時がきたら教えるから、もう少し待つようにいいながら、結局、その指示もなく、原告はこれを売却できないまま、平成五年七月一二日の本件ワラントの権利行使期限を経過したため、本件ワラントは無価値となった。そこで、これを購入するに際して支出した一九四万二五〇〇円が損害となる。

(二) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の提起を原告代理人に委任したが、その費用の内、一九万円は前記不法行為と相当因果関係を有する。

三  被告の主張

1 被告の使用者責任

高橋の行為に違法な点はなく、被告はこれに対して使用者責任を負うことはない。

(一) 積極的な勧誘行為

原告の主張は争う。証券会社の勧誘行為が許されないものではない。

(二) 適合性の原則違反

いわゆる適合性の原則とは、証券会社は投資勧誘に際しては、投資者たる顧客の投資目的、財産状態及び投資経験に鑑みて、不適合な取引をしてはならないというものであるが、大蔵省による通達ないし日本証券業協会による自主規制、すなわち、業法的又は内部的な取り決めであって、その違反が直ちに私法上の違法性を意味するものではない。そして、原告については、その投資目的、財産状態及び投資経験を考慮すれば、適合性を有しないということはできない。すなわち、松太郎は、平成二年一月、二月に買い付けた丸紅株の市場価格が下がり、一二〇万円程度の損失が見込まれたことから、ワラント取引についての説明を理解した上で、原株より少ない投資額で投資効率が高いというワラントの特質を理解し、当時株価が上昇傾向にあったことと合わせて、本件ワラントで損失を回復しようと考えたもので、その投資目的は合理的であるし、原告の資産状態は本件取引をするには十分であったし、原告は昭和六〇年九月以降、松太郎を通じて行い、松太郎自身も同年八月以降、被告との間で取引し、投資経験も十分であった。

(三) 説明義務

高橋は、本件ワラント取引に当たり、ワラント取引の概要、ワラントの仕組み、権利行使期間及びワラント取引に伴う危険に関する事項について十分説明したし、これらについて記載した説明書を交付した。

(四) 虚偽表示、詐欺行為

高橋は、前述のとおり、ワラントがハイリスクの投資商品であることを十分に説明しており、虚偽の事実や誤解を生じるような事実を述べたりしたこともなく、また、松太郎も、ワラントがハイリスクを伴う商品であることを理解していたので、その行為に違法な点はないし、詐欺に当たるものでもない。

(五) 損害発生の放置

高橋は松太郎に対し、毎日のように電話して株価の情報を提供していたので、折りに触れ、本件ワラントの価格についても情報を提供し、その価格が上昇した際、また、その価格が下降してきたときにも、何度も売却をすすめたのであって、高橋が価格情報の提供を怠ったということはない。

2 被告の不法行為

被告に不法行為が成立するという原告の主張は争う。被告が従業員に対しワラントを積極的に顧客に売り捌くように指導していたという事実はない。

3 被告の債務不履行責任

前述のように、被告は松太郎に対し、ワラントについての説明義務を果たしており、債務不履行はない。

4 損害

高橋は、松太郎に対し、本件ワラントについて、その価格が上昇した際には、何度も売却をすすめたが、松太郎は、「もうしばらく様子をみる。」と言って売却せず、また本件ワラントが購入価格程度になったころにも売却を勧めたが、同様に売却しなかった。このように、高橋は、松太郎に対し、本件ワラントに関する情報を提供し、松太郎には、本件ワラントを売却する機会があったのに、原告ないし松太郎は、その判断で売却しなかったのであるから、損害の発生及び拡大の原因は原告にあり、被告にその責任はない。

5 過失相殺

仮に、被告に不法行為責任があるとすれば、原告又はその代理人松太郎にも過失があるから、相当の過失相殺がなされるべきである。

四  争点

1 原告主張の各違法行為の存否

2 被告の不法行為責任又は債務不履行責任の有無

3 原告の損害の有無

4 過失相殺

第三  判断

一  高橋の違法行為及び被告の不法行為責任

1 原告は、ワラントは、一般投資者に向けて積極的に購入を勧誘することの相応しくない証券であり、一般投資者への販売は、自発的に証券会社の店頭に赴いて、ワラントの特徴と危険性を熟知して購入を申し出る者に限られるべきであると主張する。しかし、ワラント取引がハイリスクであるといっても、一般投資者に対する勧誘行為が一般的に禁止されるものではなく、一般投資者であっても、取引について適合性を有するものについては、その仕組みや危険性の程度などを十分に説明したうえであれば、その勧誘行為も許されないものではない。

また、原告は、一般投資者はワラント取引について適合性がないと主張するが、一般投資者というだけで直ちに適合性がないとまではいえない。適合性の原則とは、投資勧誘に際して、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるように配慮することをいい、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については慎重を期することが要求されるのであるが(昭和四九年一二月二日付大蔵省証券局長から日本証券業協会長宛通達参照)、その判断に当たっては、個別に検討されることになる。そこで、原告についてみるに、原告は、その取引を松太郎に一任し、証券投資について松太郎より経験があり、知識があるとはいえないから、右適合性については、主として松太郎について検討することとなるところ、《証拠略》によれば、松太郎は、主に株式の現物取引をしていたもので、信用取引の経験は皆無に近く、その経験年数は六年程度、取引の頻度は月数回、一銘柄の取引額は殆どが三〇〇万円未満のものであって、証券を取り扱う職業に就いたことはないし、取引当時は満七三歳の高齢であったことが認められるが、これらの事実からすると、松太郎にワラント取引の適合性があるとは、必ずしもいえないが、ただ、本件の取引は、二〇〇万円を超えず、松太郎のなしていた取引に占める割合が低いものであることからすると、ワラント取引の仕組みや危険性を十分に説明し、投資額が全損となることも承知の上でなされたのであれば、これをもって直ちに違法とまではいえないであろう。

2 そこで、原告について、本件取引の勧誘に当たって十分な説明がなされたか否かについて検討を加えるに、《証拠略》によれば、次のとおり認めることができる。

(一) 原告は、日本銀行に勤務する者で、永和証券において若干の株式取引をしたことがあるほかは、投資信託を購入する程度であったが、昭和六〇年ころ、資産の運用をその父松太郎に一任し、松太郎が原告を代理して被告と取引を始めた。

松太郎は、大正六年一月二七日生まれで、旧制商業学校卒業後、昭和四年から昭和二〇年まで商社に勤務し、次いで、昭和四五年ころまで、カツオ・コンブの卸屋をし、その後、昭和五〇年ころまで無職であったが、同年ころから昭和五八年ころまでポリエチレン等の製造会社に、次いで昭和六一年九月一五日まで葬儀会社に勤務した者で、職務として証券取引に携わったことはない。松太郎は、その後は、同年一〇月一〇日から昭和六二年九月一五日まで京阪電車香里園駅前自転車駐車場で自転車整理の仕事をし、また、平成五年四月から暫くの間モータープールの管理人をしたほかは無職であり、本件取引開始当時、満七三歳であった。

松太郎は、昭和三八年ころ、約一年間、株式の現物取引をしたことがあるものの、その後は中断していたところ、原告の依頼を受けて昭和六〇年八月二〇日から松太郎名義で、同年九月二五日から原告名義で、当時の職場の近くの被告阿倍野支店で株式の取引を始めた。その取引状況は、主として現物取引であって、高橋には現物しか取引しない旨を告げていた。松太郎の情報源は、購読している読売新聞と大阪新聞の記事、テレビの株式市況と被告の従業員の大上育孝や高橋から提供される報告が主なもので、ときに証券会社の掲示板を見に行くほか、それ以上に積極的に情報収集することもなく、またその能力もなかった。そして、主として、高橋の勧めに応じて、取引していた。ただ、高橋が勧めても、名の通らない会社の株式などは購入しなかったこともある。

取引の内容としては比較的著名な企業を中心に、月数回程度、各取引における取引金額は、一〇〇万円未満のものも多く、三〇〇万円を超えるものは殆どない。取引の方法として、いわゆるナンピン買いといった方法を取ったこともあるが、これも特に高度な経験や技術を駆使したものではない。

(二) 松太郎は、平成二年三月二三日、高橋から電話で本件ワラントの購入の勧誘を受けた。当時、松太郎が原告を代理して購入した丸紅の株式三〇〇〇株(同年一月と二月に購入のもの)の価格が下がっており、これを売却すれば、手数料を含めて一二〇万円程度の損失が生じる状況にあったが、高橋は、松太郎に対し、少額の資金で損失を回復できる可能性のある手段として本件ワラントの購入を勧め、ワラントは、株式の二、三倍の利益が出ると説明した。損失の危険もあるとは説明したが、ワラントの価格が形成される仕組みなどの詳しい説明はせず、行使期限前に無価値になる可能性などは説明せず、むしろ利益が大きいと効果面を強調した。松太郎は、ワラントという言葉を聞いたのはそのときが最初であったが、電話での説明であったうえ、高橋が利益の大きさを強調したこともあって、その高度の危険性を認識せず、株式類似の証券程度にしか考えていなかった。その言動からは、ワラントとワラント債の区別さえできていない節もある。しかし、松太郎は、即座に一〇ワラントの注文をし、その数分後、さらに一〇ワラントを電話で追加注文した。

本件ワラントは、外貨建てであり、一ワラントが五〇〇〇ドル相当の株式を引き受ける権利を有し、権利行使価格は一株につき八九二円で、権利行使期限は平成五年七月一二日であった。丸紅の株式の平成二年三月二二日における価格は七二一円で右権利行使価格より下がっていたが、ポイントは一二・五で、実勢為替レートが一ドル一五五円四〇銭であったから、取引価格は二〇ワラントで一九四万二五〇〇円であった。

右代金には、同年三月二六日のタクマの株式二〇〇〇株の売却代金が当てられ、その不足分約一五万円を松太郎が被告阿倍野支店に持参することになり、松太郎は、これを同月二九日に持参した。その際、松太郎は、外国証券取引口座設定約諾書、外国新株引受権証券の取引に関する確認書を原告名義で作成して被告に交付し、また、外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書を被告から受取った。

以上のとおり認めることができる。証人高橋は、ワラントについて、権利行使価格、権利行使期間、為替リスク、パリティ(理論上価格)等の内容を詳しく説明したとし、また、ワラントの価格は現在の株式の価格と権利行使価格との差によって決まり、儲かると大きいが損をしても大きいハイリスクハイリターンであり、満期の時点で株価が行使価格の八九二円を下回っていれば、実質的には無価値になると説明したと述べるのであるが、他方で、具体的な数字をあげた説明はしていないと述べる部分もあり、高橋が平成五年九月一六日に原告と会ったときには、ゼロになる可能性があるとは言わなかったとも述べており、重要な部分で一貫性がなく、あいまいであるばかりでなく、高橋の右説明によれば、丸紅株は大型株であるから、いったん下がった場合、一、二割上がるとそれ以上は上がらないので、これによる損失を回復するためには相当の資金が必要となるので、少ない資金で損失を回復できるワラントを勧めたというのであるが、当時丸紅株は七二一円程度であったから、これが二割上がったとしても権利行使価格を超えないことは明らかであり、それではこれが価値を持つ可能性がなくなるのであって、その説明自体不合理といわなければならない。また、高橋の説明は電話でなされたものであるところ、ワラントという言葉自体を初めて聞いた老人に、その仕組みを理解できるように説明できるかどうかさえ疑問である。

これらを総合すれば、高橋が松太郎に対し、十分に説明したとは認めがたいところである。

3 ワラントは、権利行使時における株価が権利行使価格とワラント取得の費用を上回らなければ、ワラント上の権利(新株引受権)を行使しても利益はないもので、株価が権利行使価格より下がっていれば、その時点では価値はないといえ、その場合でも、権利行使期間内に株価が上昇する可能性があることなどから、取引価格が生じ、取引がなされるが、権利行使期限が近づけば、株価が権利行使価格を超えないかぎり、価格は下落し、権利行使期限前に無価値に等しくなる。そのため権利行使価格と株価との関係、価格形成の仕組み、権利行使期間がどの程度あるかなどは、ワラント取引にとって重要であり、売り時を失すれば、結局、処分できず、権利行使期限を過ぎてしまうことにもなりかねない。そこで、ワラント勧誘に際しては、これがハイリスク、ハイリターンであるといった説明だけでは足りず、購入者が売却時期を判断するために必要な知識として、その価格が形成される仕組みを含め、詳細な説明をして、その理解を得なければならないというべきである。しかるに、高橋の松太郎に対する説明は、電話でなされたもので、松太郎がワラントという言葉を聞いたのが初めてであり、しかも、七三歳の老齢であるというのに、前述のように、積極面ばかりを強調し、十分な説明をなさなかったといわなければならない。

してみれば、高橋の松太郎に対する勧誘行為は、なすべき重要な説明を欠いたままなされたものといわなければならず、違法というべきである。高橋は、取引の六日後、松太郎が被告支店を訪れた際、ワラントの説明書を交付しているが、ただそれだけで説明義務違反の違法性を阻却できるものではない。証人高橋は、確認書に署名を得た際に、ワラントはリスクが大変大きいから確認書を書いてもらうと説明した旨述べるが、その程度の説明で十分とは言い難い。

そして、右高橋の違法行為は、同人が被告の従業員としてその職務上なしたものであるから、被告は、これによって原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

二  損害

本件ワラントは、権利行使期限の経過によって無価値となったが、その価格は、本件ワラント取引後、一旦上昇した時期があり、その時期に処分されておれば、原告に損害は生じなかったといえる。そこで、損害発生についての因果関係が問題となる。

この点については、被告は、高橋が、松太郎に対し、本件ワラントの価格が上昇した際には何度も売却をすすめ、また、本件ワラントが購入価格程度になったころにも売却を勧めたが、松太郎はこれに応じなかったので、損害の発生及び拡大の原因は原告にあると主張し、証人高橋は、松太郎に対して毎日ワラントの価格を報告し、平成二年五月末の最も高値のとき、八〇ないし九〇万円の手取の利益があったので売却を勧めたが、松太郎は、もう少し様子を見るといって売らず、その後、ワラント価格は徐々に下がっていったので、買値に戻るまでに何度も売却を勧めたが、松太郎は同様に売らなかったと述べるところである。しかしながら、原告の取引傾向を見ると、そのころは、平成二年五月三〇日にタクマの株式を二一万七六四七円の利益で、同月二日に大阪酸素の株式を二七万五四六一円の損失で、同月一四日に電気化学の株式を二〇万一三九七円の損失で処分しており、全体の取引を見ても、三〇万円を超える利益を出したことは数回しかなかったのであって、一〇ないし二〇万円の利益が出ればそれで仕切るという傾向がみられるのであって、損切することも多く、同年一〇月九日には丸紅株一〇〇〇株を三三万六三九一円の損失で売却していることもあり、松太郎の「八〇万円も利益が出れば売ってます」という供述は真実性があり、八〇ないし九〇万円の利益が出るといって勧めたのに売らなかったという証人高橋の右供述部分には疑問が残る。これに対し、証人松太郎は、本件ワラントの売り時は、高橋が時期が来たら言うから任してくれといい、その後、何の指示もなく、平成四年夏ころ、聞いたときには紙屑と一緒だと言われた旨述べるところである。松太郎は、前述のように、ワラントの取引は初めてで、しかもこれについて理解を欠いていたから、その売り時を判断するすべもなく、すべて高橋の指示を待たなければならない状況にあったのであって、高橋が売り時を指示するといい、松太郎がこれを待つことにしたのは理解できる。なお、高橋は、松太郎に対し、毎日、原告が購入した株式の価格を報告しており、証人高橋は、その際、本件ワラントの価格についても報告をしたと述べるのであるが、ワラントの価格は、ポイントで表示され、また、外貨建であったため、これを価格に直すには換算を要したこと、松太郎の取引傾向からみてその価格の上昇を知っておれば処分したのではないかと考えられること、また、松太郎は、ワラントについて株式とどのように異なるかを理解していなかったから、丸紅株の価格の報告を受けていたので、特にワラントの価格まで聞かなかったということもあり得ること、毎日報告を受けていれば、本件ワラントの価格が極端に下がった時点では、苦情を言うような行動に出たと考えられるが、松太郎はそのような行動に出ていないことからすると、右証人高橋の供述部分は採用できない。高橋自身、少なくとも買値を割った時期以降のフォロー不足は自認している。以上を総合すると、高橋は、本件ワラント取引時、売り時を教える旨告げておきながら、その後、これを教示することなく、平成四年に至ったと認めることができる。

《証拠略》によれば、本件ワラントの価格は、平成二年三月以降、一時上昇したが、そのポイントは、同年七月ころには、取引時のポイントを割り、その後はこれを超えることはなく、平成三年四月ころまでは、ときに右取引価格程度まで回復したこともあったが、その後は下落し、同年一一月ころからは殆ど無価値に近くなって権利行使期限を迎え、松太郎が、その価格について問いただしたときには、既に無価値に近く、結局処分できず、権利行使期限を経過したことを認めることができる。

以上によれば、原告に生じた損害、一九四万二五〇〇円は、被告の不法行為と相当因果関係のある損害といいうる。

三  過失相殺

ただ、松太郎も、取引の六日後には、ワラントについての説明書を受取っているのであって、これをよく読めば、ワラントの取引において高度の損失を被るおそれがあることを知ることができたのであって、取引後、権利行使期限まで三年以上あり、その間にワラント価格が購入価格より上昇した時期もあったことからすると、損害の発生拡大について、松太郎にも過失があることは明白である。その過失は三割をもって相当とすべきである。そこで、本件ワラント取引によって原告に生じた損害のうち、被告が賠償責任を負うものは、一三五万九七五〇円となる。

四  弁護士費用

原告が本件訴訟を原告代理人に委任したことは明白である。そして、弁護士費用の内、一四万円を、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認める。

五  結論

よって、原告の本訴請求の内、一四九万九七五〇円及び内一三五万九七五〇円に対する平成二年三月二三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

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